昨日の夜食べたのものは?
昨日の夜は、冷やし中華です。

今仕事として写真を撮っていると思うんですけど、自分の今までの人生を振り返った時にどんな子供だったか覚えてます?
昔の方が活発でしたね。だんだん大人しくなっていったっていうか(笑)
人見知りではなく、元気な子供でしたね。

それは大人になっていくにつれて?
そうですね。

なにかきっかけがあったんですか?
大きなきっかけは特にないんですけど。本当に段々と。中学生くらいからですかね。

人見知りだなって自覚したタイミングってあるんですか?
あまり人と関わろうとかいう思いが段々減っていったというか(笑)
あまり自覚することはあまりないんですけど。

自分との対話みたいなものが多くなっていた?
そうですね。他人と会話してコミュニケーション図るっていうよりは、自分で考えたりすることの方が多いです。本とか読んだり。映画とか。

誰かからの影響があったりしますか?親からだったり、家庭環境だったり、友達だったり。
うちの親父が寡黙なタイプで、両親から受けた影響といえば親父ですかね。あまり家族間でもあまり話をしたりとかはなくて。

小さい事にした記憶にある大きな失敗とかってありますか?
覚えているのが、全く知らない人に間違って声をかけてしまうとか。お母さんだと思っていた人に「お母さん」と言ったら全く違う知らないおばさんだったとか。そういうコミュニケーションの失敗みたいなのはすごい恥ずかしいなって思って。それはすごい覚えてますね。

逆に成功したなっていうことは?
あんまりないですね。パッと浮かんで来ないんで。

写真はいつから始めたんですか?
大学のサークルというか、友達がフリーペーパーを制作していて、そこに声をかけてもらって。写真を撮って、その誌面に載せるっていう企画で、フリーペーパーとしてそういう趣旨があるんですけど、そこに参加して自分の写真が誌面に載って、友達から評判を聞いたりするっていうのがすごく印象にあって。自分の撮った写真が人にどんな風にリアクションとして返ってくるのかっていう、プロセスを経て多分写真の楽しさに気づいたというか。それが一番きっかけとして大きなことだと思いますね。

はじめてカメラを持って何を撮ったんですか?
あんまり覚えてないんですけど。当時付き合ってた女の子とか彼女とかをモデルにして写真撮ってたと思うんですけど。

自分の中でいつも普段みている彼女と、ファインダー越しに見る彼女とはどういう違いがあるんですか?
自分の知っている人の情報というのが全て剥ぎ取られて平面化してしまうっていう。全く知らないモデルとしてのイメージとして誌面に載るっていう感覚ですかね。

フリーペーパーでいろんな役割があったんですか?文章を書く人とかレイアウトする人とか。なんでカメラ・写真を選んだんですか?
参加型のフリーペーパーで、写真を載せたい人は自由に参加して写真を載せれますっていう。運営側は運営でいて、別のレイアウトなり編集なり発注とかする人がいたんですけど。

昔から写真に興味があったんですか?
昔からではないですね。親父の部屋にカメラがあったのは覚えていて。一眼レフ。多分全く使っていなかったと思うんですけど。なんか「へー」みたいな単純な興味は昔からあったんですけど、取り出したのは大学生の時とかその辺だと思います。

写真を撮っている時の自分てどういう自分だと思いますか?
あまり意識しないように。なるべく自分の意思とかそういうものを考えないように撮ってます。

それはどういうアウトプットにつながると思います?作品として。
外でスナップを撮る感覚に近いと思うんですけど、自分で作りこんでデザインしてそれを作品に落とし込むっていう手法もあると思うんですけど、それとは逆を行きたいっていう意識はあって。
自分でデザインは極力しないように、自分の意思を取り入れないようにすると、偶然が重なるというか。
ストリートスナップって人とか建物とか構図が偶然出来上がるじゃないですか。それを取り入れたいなっていう意識があって。基本的に部屋の中で作業しているんですけど、自分の手元にもそういう偶然が生まれてくるようにしたいなっていう意識はあります。

その偶然を生むにはある種自分を無くすっていう、自分ていうフィルターを取り払った方がいい結果が生まれるということですか。
そうですね。

自分の自己顕示みたいなものはあると思うんですけど、アーティストとして。そこは葛藤は生まれたりするんですか?
自分の意識というか自己顕示欲っていうのは、自分が撮っている以上ゼロには出来ないと思うんで。それが最終的な全体的に占めているものとか割合だったり、そういう細かいところに現れてくるのかな、っていう。自己顕示欲との葛藤っていうのはそういう部分ではあると思います。

幼少の頃の自分の過ごし方というか考え方というか生活と、今の作風というか作り方っていうのはリンクしていると思いますか?
幼少の頃とはリンクしてないかもしれないですね。外の世界とのコミュニケーションが段々減っていった中で、それを内側に持ち込むというか、自分の手元に再現じゃないですけど。ある部分を取り込むというか。取り込んだところで自分とコミュニケーションしていくっていう感覚は少しあります。

ちょっと話を変えて。
今仕事して写真を撮る機会が段々増えてきたと思うんですけど、具体的にはどんな仕事を今していますか?

仕事の依頼っていうか。来週は子供が親の職場に訪れて、普段どういう仕事をお父さんがしているのかっていう見学会の撮影だったり、そういうのをたまにやっています。

それは自分の作品作りとはまた違うんですか?
そうですね。作品とは直接的には関係ないと思うんですけど。

それでも自分を無くすというか、フィルターを通さないっていう感覚っていうのは?
そうですね。まぁ仕事なんで。自分の撮りたいように撮るわけにはいかないんで、そこは割り切ってる部分もありますね。

ゆくゆくはご自身で作っているような作品が広く認識されて、簡単な言葉になっちゃいますけど、売れるっていうのがいいですか?
そうですね。

これも野暮な質問かもしれないんですけど、自分の作品を自分でどう捉えているかっていうところと。それを他の人に説明するときに、例えば展示会とかで「あなたの作品はどういう作品ですか?」と聞かれた時にどういう風に答えますか?
基本的にあんまり説明はしませんね。簡単に物撮りという風に説明する時が多くて。物と物を組み合わせながら面白いイメージを作っています、みたいな。物を撮るのが好きなんで、そういう作品を作っていますという風に説明するとか。まぁ簡単に言えば、そういう説明が多くなっちゃいますね。

物を像として捉えて、フィルターを出来る限り取って、アウトプットした結果の偶然が重なるようなものが最終的に作品になるっていう考え方ですかね。
そうですね。

価値観がわからなくなってしまっている人、あるいは逆に少しでも何かやってみたいなっていうのがある人に対してアドバイスというか、メッセージというか、何かあったりしますかね?
そうですね。アドバイス出来る立場なのかっていう疑問が自分の中でありますけど(笑)それを差し置いて言えば、行動する一歩手前ですごく迷ってしまうっていう気持ちを持ってしまう人が大半だと思うんですけど、自分だけの価値観は持ったままではなくて他人と共有してみるとか、他人のリアクションを見てみるとか、そういう事で自分の初期衝動というか、それをもっと大切にしていけるんじゃないかなっていう風に思うんですけど。自分の作風は自分の世界に閉じこもった作品なんですけど(笑)展示会とかで発表して他人のリアクションが得られような時はやっててよかったなと思いますし。自分の中にそういう一歩踏み出したいような気持ちがあるのであれば、それを自分だけの中に持つのではなくて、その先に他人を見据えて、そういう人たちともしかしたら共有できるかもしれないという希望みたいなものを目指してもらえればいいんじゃないかな、という風に思います。

山・海・空・大地・宇宙だとどれが好きですか?
大地。

好きな色は?
青。

嫌いな色は?
黄色。

目耳鼻口肌、どれが敏感ですか?
写真家なので目って言った方がいいかもしれないんですけど、鼻かもしれないです。

好きな言葉は?
適当。

嫌いな言葉?
厳格。

次にやってみたいことは何ですか?
基本的には作品を作ってそれをどんどん世の中に認知してもらえるような流れになればいいかな、っていう風に思ってます。とりあえずは次の10月にグループ展があるので、それをまずしっかりして展示出来たらなと思います。

 
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