趣味でこつこつと集めた小物や雑貨、アンティークがある日、部屋を埋め尽くした。
何か新しいことを始めたい。
そんな時にふと出会った道草アパートメント。
「ツギハギ堂」の店主として店舗を構え、商売をはじめたきっかけは?


ツギハギ堂の店主の岡本です。

小さい頃の記憶にある自分が興味を持っていたものは?

飛び出し絵本が3000円プラス税くらいの、それがすごく欲しかったのを覚えてますね。
なんかの切っ掛けで買ってもらってそれはずっと宝物にしてました。実家に今でもあるんですけど。お化け屋敷みたいなものが描いてある飛び出し絵本。

どれくらいの年?

小学生低学年ぐらいだと思います

なぜそれに興味をもった切っ掛けというか何かあったんですか?

覚えてないですね多分ちょっとホラーなものとかが好きやった。もともと。
つげ義春という漫画家がいてるんですけど、けっこうトーンの低い漫画なんですけど、それをずっと小学校のとき読んでいたからその影響かも知れないですね。

小中高含めて何か印象に残ってることってありますか?

高校で人生が大きく変わりましたね。小中学校までは滋賀県の実家に近いところにいたんですけど、高校はひとりで山梨県の標高2000mぐらいの全寮制の学校に入っていたので。だから知り合いもいない状態でそこで三年間。あの本当に熊とか鉄砲で撃つくらいのところで三年間、学校行ってたんでそこで大きくいろんなものが価値観が変わったなと思います。

どんなふうに変わったんですか?

無茶苦茶でしたね

たとえば?

一芸入試みたいなん感じやったんですけど、何か一個得意なものがあれば入学出来る、ちょっと変わった学校やったんですけど、僕は夏休みの自由研究でけっこう優秀な感じで賞を取れたので、それで入れたんですけど。ま、いざ高校に入ってみたら空手とか柔道とかヤンキーの巣窟になってて、そこで自分と普段接さないような人種とかと寮なんで交わっておもしろおかしく。

その自由研究はどんなものを?

四つ葉のクローバーってあるじゃないですか。あれは幸福の象徴と言われているんです。
あれがどうやってできるのか研究しましたね。
中学校のときの研究なんであれですけど突然変異で出来るという事を発表して、文部大臣賞か何か取った記憶はあるんですけど、そんな感じでしたね

なぜそれを課題にしようと思ったんですか?

それはもう賞を取るため。そうですね賞を取るための研究をしてました。

狙って?

狙ってましたねもう。作文書くにしろ狙ってましたね。当時は。

その当時狙うっていう感覚って今の大人が狙うっていうのとは少し違うと思いますがどうだったんですか?

大人が審査するので例えば自由研究とかであれば、発表会みたいなのがあって発表態度とかも点数に含まれるというか、どこまでその理解しているかも点数に含まれる。

それは誰かにこうしたらいいとか言われたのですか?

うちの両親が教師、小学校の教師なんです。父親が教師。
母親も元々学校の教師だったんですけど。親族とかも研究者とかもいたんで、自然と賞は狙って取るものという教育はあったのかもしれないですね。だから論文とかも書いてましたね。小学校中学校なりに。

何か象徴的に言われてたことはあるんですか?

それはいっぱいあるけれどもやっぱりこつこつ一個のことについて調べるということに関しては長期間でやろうという姿勢はありますね。
細かく一つを物質をピンバッチ一つにしてもこれが何なのかを調べて想像するというか、どこから来て誰が作ってどんな考え方で作ったとか、そこを深く考えるというのは、確かに向いているというか慣れてるというか、ずっとやってきたので苦ではないですね。

そんな流れで高校に入ってどういう変化があったんですか?

勉強しなくていいと思いましたね。単純に。
凄くもうけっこう厳しかったので、テストもていうか学校に行かなくていい。
寮なんで学校に行かないとダメなんですけど出席日数が足りなくて卒業がやばかったですね。
寮で寝たり漫画読んだりとか。
三年間あったんでいろんな喧嘩とかもありつつ視野は広がったというか。

その高校のあとはどうしたんですか?

みんなが急に大学とか専門学校とか行くとかなったけど、僕はテンションの方を大事にしたかったので吉本お笑い養成学校に入学しようと決めてで、二週間で辞めたんですけど。
大阪にそこからずっともう今までずっといてます。
僕はでも今35歳なんですけれども34歳までは人生すごく暗かってで34歳のときにもう大阪を離れるつもりであのもう徘徊してたんです。
そしたらたまたまこの道草アパートメントていうものを見つけて大阪で唯一面白そうな場所があるなって思って大家さんと喋って今に至るとか。まだ8ヶ月経ったか経たないかぐらいかな、ツギハギ堂に関しては。だからそれからですね大阪を好きになったのも、大阪という土地にたいして興味が湧いたのも。そうですね、もうだから8ヶ月前までは大阪を離れるつもりでいてたので、今からかなという、全てが今から。
なんかこの今ツギハギ堂をされるアンティークとかやってみたことどこかにあったんですか?
普通にこういう部屋に住みたいなと思ってて、実際にこういう部屋に僕は住んでて趣味で集めてたんですね。売るとかじゃなくて、気づけば店を開けるくらいの物量になって、もうでもどうしようかなとか思ってたところに、ここと出会えたことでいままで自分が趣味で集めていたものと社会、大阪含め社会とようやく接点が持てたというのが僕にとっての一つの希望です。

そのこういう家に住みたいと思った何かの影響って?

ちっちゃい頃からこれぐらいの箱の中に人形を集めたり飛び出し絵本とか並び替えて眺めがながら寝たりとか。これだけの世界で一日中過ごしてたことがあったんで、多分おとなになってそれをもうちょっと部屋という規模にしたということで、変わってないという内向的なところ。

気づいたら買ってしまうような?

借金しても買うし、ツケでも買うそりゃツケが利くところで次の給料が入ったらこれを買うとかしてましたね。ご飯食べなくても買ってました。

自分が変だなと思うことってありますか?

僕は自分のことが真面目なすごくまっとうな人間だと思ってるんで変だとはいわれることが人生で多かったですけどそれがわからない。それは何を持って言われているのか服も着てるしめがねもかけてるし会話もしてるし、変の要素って。髪型も昨日切って。
何が変なのわからんですそれは。

なんか喜びとか楽しみのところにあった今、このツギハギ堂を実現できているということに対して大阪を好きになってきてると思ってるとおっしゃってましたけど、自分がやってきたことが社会と接点を持つことが出来てどういう心境の変化というか?

やっぱり社会というもの全体を憎んでたなぜなのか。
もう自殺しようとか、もしくはテロリストみたいなものになろうとか本当にいろいろ考えて探してたんですけど、何か憎む必要がなくなったってかんじですかね。
自分の居場所がだからツギハギ堂、道草アパートメントを通してここにいれるという、いても別に何もない誰にも攻撃されないし、それが悪いエネルギーではないということで。
ここがなくなったらまたわからないですけど。今のところはこの店がある限りはたぶん大丈夫だと思ってます。

先ほどあった自分が一般的にふつうに真面目な人間という認識で、周りはそうは捉えないというのがあったと思うんですけど、人との出会い自体はどういうポジション?

人との出会いはモノとの出会いで僕の中で同等ですね。人の流れの方が僕には早いし5年ぶりに会ったらもう全く違っう人間に変わってたり、流動的ですけれども、モノも人も結局ある瞬間に売れたりするし、たまたまそういうものが好きなひとがこの店にたまたま来てたまたま探していて、たまたま買っていくっていうのをただ待ってるだけの物達なんですけど。
僕もそうです。自分から自ら誰かと出会おうというのでもなく、ただ待ってるという感じですかね。

そういう今、ツギハギ堂の自分の仕事自体が本当に自分にとってどんな存在になって来てるんですか?

一部ですね。すべて一部ですね。すべてに愛着があるし、ここに来るお客さんに対しても自分の世界をある程度構築してる感じなんで、ここに来てくれるってことは何かを感じるものがあって2階まであがってきてくれる時点で僕はもうウェルカムですね。

実際に今気になることは何かありますか?

売上があがるかどうか。それですね。まあ雑貨とかって苦しいと聞いてるんで、苦しいけどおそらく僕にはたぶんこれぐらいしかないだろうなと思うので、なんとか食べていけたらいいなと思ってます。そこはまあ考えてます。
ふわっとここのツギハギ堂を始めた自分の家をこのまま持ってきて値段をつけて売ってるような感覚なんですけれども、絶対誰も売れへんと思っていたけど、結構僕が思ってるより売れたり、気に入ってくれるお客さんがいてるのがすごくうれしい、プラス衝撃でしたね。

先ほどの道草アパートメントでの出会いと言ってましたけど、店をやってみようという一歩には何があったんですか?

もう後がなかったんですね
会社も35歳まで登録のアルバイトで勤めてて、それで別にそんなに給料が上がっていくことも無いし、登録のアルバイトのまま死んで行くのかなと思ってて、その会社も辞めて本当に旅に出るかもう路上で暮らすかくらいの精神で考えとったんですけど、今はそれができてる以上やっぱりそこに関しては他に何もなかったというか選択肢が。
かろうじて明るい光のものが何もなかったんで、もちろんそれはやります、やらせてください。

やっぱり今一歩を踏み出せないとか、やりたいことがあってもなかなか仕事があって出来無いって人がたくさんいると思いますが、そんな事を抱えている人達に何かメッセージはありますか?

失恋することです。僕が伝えれることはタイでサメに食われかかると何かわかる。

もう一例くらいわかりやすい一例を。

一歩を踏み出せないなら踏み出す必要がないからだと思います。
だって本当はカレーライスを食べたいけどいま目の前にトウモロコシをかじって、いつかカレーライス食べたいなあって人には、トウモロコシでいいじゃないかって僕は思いますね。
だからカレーライスは別に眺めとったらいいていうか、トウモロコシがなくなったときに初めてまたトウモロコシを買いに行くのかカレーライスに行くのか、そこはそのひとのタイミングあります。幸せです。一歩を踏み出せないという選択肢があるのはめっちゃいいと思います。

実際にもっともっとお店自体をどんなふうにしていきたい?

もっと知って欲しいのはありますね。いろんな人に。
で、雑貨っていうのはもともと衣食住に関係ないただの癒しの要素やと思うんで、
とくに古いものに関しては。だからべつに買わなくても、ぼーっとできる空間やと思うんで。どんどんどんどん来て欲しいというのはありますね。

先ほど言ってた社会との接点をもって商品が売れることで受け入れてもらえるというか、そういう感覚を持ったとおっしゃってましたけど、それってやっぱり非常に大きいですか?

大きいですね。
今まであんまり人と判るわ~、みたいなことがなくて、向こうは僕のことを変な人やと思ってるし、僕は正直な話をしてるつもりなんですけど、向こうは意味がわからないとかいうリアクション反応が多かった中でモノに逃げたというか自分の好きなモノを良いって言ってくれたらモノを通して対話ができるというか、これのいいところはここでオレはここがいいと思うねんってわかりますわってので満足、距離感とか。

店のアピールするのであればどんなかんじ?

うちは売れそうなものは置いてないですね。
ふつうの店が絶対に売れるであろうというようなものはあんまり置いてなくて、ネットで検索しても検索するポイントがわからないようなものとか価値がない物を置いてますね。
アンティークとかビンテージの中で、モノとしてすごくいいし作っている人の気持がいい意味でこもっているけど、光のあたってないものたち、を中心に勝手に集まってます。なので他の店にはないもの中心。それは良くお客さんから言われることですね。

これからの目標でもいいんですけど、次に何かやってみたい事とか、この延長上にあるものとか。

もっとこうやっぱり日常的にコーヒーを飲むような感覚で雑貨を買うっていう、何かゆとりじゃないですけど、そういう例えば同じコーヒーに400円、500円払う感覚でもっと雑貨とかをとらえてくれたら、きっと何かね、豊かになるというか、それはなりますね。
一個家に人形があるだけで、家がすごく明るくなるんですね。
それで明るくなる家には帰りたくなるし。
で、もうちょっと揃えていくと次は人を呼びたくなるんですね。
人を呼びたくなると掃除もするし、その人形をを飾る棚も欲しくなる、で、棚とかを買うには働かなきゃいけないし、社会と接せないといけないと。家にこもって仕事する人もおるでしょうけど、そうすることによって摩擦もあるでしょうけど、やっぱりいつでも人が家に来れる、見て欲しい部屋にすることで人間性も変わっていくし、僕は確かにそうでしたね。
それはあります。

では最後にツギハギ堂を一言で表すなら?

癒しですね。
 
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